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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』が本能寺の変を迎え注目!秀吉ではなく秀長を主人公にした意味とは何か?

『豊臣兄弟!』秀吉ではなく秀長を主人公にした時点で、この作品は「No.2論」を描くドラマになっている!


■ 要点

『豊臣兄弟!』が前半最大の山場「本能寺の変」を迎え話題に!

「豊臣兄弟」次回7・12「本能寺の変」


私は今回の『豊臣兄弟!』を見ていて、一つの違和感を覚えた。

SNSでは「本能寺の変がどう描かれるのか」「信長役の小栗旬がすごい」「秀吉役の池松壮亮が良い」と演技やストーリーの話題が中心になっている。もちろん、それもドラマの楽しみ方として間違ってはいない。だが、この作品が本当に描こうとしているものは、そこではないように思う。

主人公は豊臣秀吉ではない

豊臣秀長である

この時点で、歴代大河ドラマとは視点が大きく違う。

戦国時代の英雄ではなく、その英雄を支え続けた人物を主人公に据えた。

この発想そのものが現代社会へのメッセージなのではないだろうか。

私たちは子どもの頃から、「一番になれ」「勝ち組になれ」と教えられる。

会社でも学校でも、スポーツでも芸能界でも、スポットライトが当たるのは常にトップだ。

だが、本当に組織を動かしているのは誰なのか。

私は必ずしもNo.1ではないと思っている。

社長がいて会社が動くのではない。

現場をまとめる人がいて、右腕がいて、調整役がいて、初めて組織は機能する。

芸能界も同じだ。

主演俳優だけではドラマは成立しない。

名バイプレーヤーがいて、脚本家がいて、演出家がいて、制作スタッフがいる。

そして、その誰か一人が欠けても作品は完成しない

『豊臣兄弟!』は、その「支える人」に光を当てた作品なのである。

ここに私は、このドラマ最大の価値があると思う。

実は芸能界にも「秀長型」の人は多い。

主演ではない。センターでもない。

しかし、その人がいるだけで作品全体が締まる俳優がいる。

司会者でも、名脇役でも、ベテラン俳優でも同じだ。

華やかな賞は取らない。

SNSで毎日話題になるわけでもない。

それでも現場からの信頼は圧倒的に厚い。

長く芸能界で生き残る人は、意外にもそういうタイプが多い。

だから私は、このドラマを「戦国ドラマ」とは見ていない。

むしろ、「評価されない人の価値」を描くドラマとして見ている。

その視点で見ると、秀長という存在は現代にも重なる。

目立たない人。縁の下の力持ち。

成果はトップの手柄になり、自分の名前は表に出ない

それでも仕事を続ける。

そんな人たちによって、社会は今日も動いている。

なぜ現代は「No.2」に共感するのか⁉

昔のドラマは、カリスマや英雄が主人公だった。

しかし今は違う。

完璧な主人公より、悩み、迷い、人を支える人物に共感が集まる。

それは社会が変わったからだ。

SNSによって誰もが発信できる時代になり、「勝者だけが正しい」という価値観が少しずつ崩れてきた。

今、多くの人は自分を秀吉ではなく秀長に重ねる。

だから『豊臣兄弟!』が支持される理由も、戦国時代ではなく「現代人の生き方」を描いているからではないだろうか。


■ 結論

『豊臣兄弟!』は、天下統一の物語ではない。

「人を支えるとは何か」を描く物語だ

No.1は歴史に名を残す。

だが、No.2は歴史を動かす

その価値に光を当てたからこそ、この作品はこれまでの大河ドラマとは違う空気をまとっている。

戦国時代を描きながら、実は現代社会そのものを映している。

私は、このドラマの本当の主人公は秀長ではなく、
「支えることに誇りを持つすべての人」なのだと思う。


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