誰か一人の問題なのに、気付けば夫婦セットで語られるww芸能界って本当に特殊な世界だと思う
■ 要点
三山凌輝さんの報道をきっかけに、趣里さんまで注目される「芸能界の連帯責任」のような構造を考えてみた
三山凌輝さんを巡る報道が続いている。
一部週刊誌では、元宝塚女優との密会報道が伝えられ、所属事務所も「不適切な行動」があったことを認めて謝罪した。
さらにネットでは、「趣里さんとは別居しているのでは」「夫婦関係はどうなるのか」といった話まで広がっている。
ただ、このあたりは報道とネット上の憶測が入り混じっている部分も多い。
だからこそ、事実と推測は分けて見たほうがいいと思う。
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でも、今回のニュースで自分が一番気になったのは別のことだった。
趣里さん本人は何か発言したわけでも、問題を起こしたわけでもない。
それなのにニュースの見出しには名前が並び、コメント欄でも「かわいそう」「どうするんだろう」という声が次々に書き込まれている。
もちろん夫婦だから無関係ではない。
でも、一人の出来事で、もう一人まで同じように評価される空気には少し違和感があった。
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芸能界では結婚すると、「夫婦」という見られ方が強くなる。
幸せな時は理想の夫婦として祝福される。
でも一度問題が起きると、本人だけでは終わらない。
家族やパートナーまで話題になってしまう。
今回も、趣里さんの演技や仕事より、「夫婦はどうなるのか」という話のほうが目立っている印象を受けた。
ここが、少し不思議だった。
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考えてみると、これって芸能界ではよくあることだ。
誰か一人が話題になると、その家族やパートナーまで一緒に語られる。
見ている側としては自然な流れなのかもしれない。
でも、そのほとんどは本人たちが何も話していない段階で進んでいく。
だから少し怖さも感じる。
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趣里さんは、ここまで演技で評価されてきた女優だ。
本来なら、新しい作品や演技について話題になる人でもある。
それなのに今は、「夫婦」という肩書きのほうが先に注目されてしまう。
一つのニュースだけで、その人自身の価値まで変わるわけじゃない。
そこは分けて見てもいいんじゃないかなと思った。
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今回の報道が今後どうなるかは、まだ分からない。
だからこそ、今は憶測だけで結論を出すよりも、事実を見ながら静かに見守ることも大切なんじゃないだろうか。
今回気になったのはスキャンダルそのものではなく、一人の出来事が、もう一人の人生まで大きく左右してしまう芸能界の空気だった。
その構造は、これからも変わらず続いていくのかもしれない。
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